たばこ「増税」するなら筋を通せ
岩見 隆夫(ジャーナリスト)
- 岩見 隆夫
- 1935年生まれ。京都大学法学部卒業。毎日新聞論説委員、東京本社編集長局次長などを経て、政治評論家。 著書に『角栄以後』(講談社)など多数。
納得いかないことはいくつもあるが、今週は、たばこ増税について─。
あいつ(私のこと)、またたばこの話か、と禁煙論者のみなさんが顔をしかめるのが目に見えるが、それを承知で書かなければならない。折り目筋目のことだからである。
喫煙場所が日々狭まっていくのはもうあきらめている。喫煙者はすでに社会的弱者、いや社会的はみだし者扱いだが、それも仕方ない。先月30日(2009年10月)、仕事で新幹線新神戸駅で降り、タクシーに乗ったところ、〈禁煙〉の表示がないではないか。
「おっ、たばこ、いいですか」と私は思わず口走っていた。
「どうぞ、どうぞ。だけど、きょう限りですわ。あすから兵庫も大阪も全面禁煙……」
「全面かあ、東京と同じになるんだ」
「すんません。わたしも喫うから不便なんやけど、お客さんには迷惑かけるんでねえ」
「なぜ全面なの」
「わかりまへん。方針ですわ」
「どこの方針?」
「会社の方針ですわ」
運転手と議論してもどうなるものでもない。たばこ喫いにとって最後の駆け込み寺だったタクシーも、もう全国的にだめになってゆく。
たまたまだろうが、翌31日付の新聞朝刊、一面トップに、
〈首相、たばこ増税に意欲〉
の見出しが躍っていた。政府税制調査会が各省庁からの来年度税制改正要望を締め切ったが、厚生労働省が〈たばこ税率の引き上げ〉を求め、それを受けて鳩山由紀夫首相が、
「環境や人間の体の面から見て、増税の方向があり得べしかなとは思う」
と述べたからである。要望に引き上げ幅は示されていないが、新聞には一箱300円から500円への値上げ案が報じられていた。厚労省関係者がリークしたのだろう。長妻昭厚労相も11月1日(2009年)のテレビ番組で、
「たばこは健康の問題もある。ヨーロッパ並みにする必要がある」
と言っている。
ヨーロッパ並み、というのは、一箱(20本入り)の値段が、イギリス850円、フランス550円、ドイツ466円、米ニューヨーク市704円、カナダ650円、豪州600円、厚労省幹部は、
「先進国をならすと600円。日本の売り値は半分だ。相当に低い。この20年で80円しか上がっていないのだから」
などと言い続けてきた。まるで安いことが不当であるかのような口ぶりだ。安いのは誇らしいことではないか。
ついでにたばこ税のことを言えば、いまの300円で一本の課税が8.7円、税収は国と地方あわせて2兆円強だ。かりに500円にすれば、喫煙者の減少率がはっきりしないから正確には算定できないが、数千億円の増税を見込むことができる。
しかし、困った時のたばこ頼みは土台おかしい。かつて、旧国鉄の借金をたばこ増税で埋めたこともある。国家は随分ムチャなことをするもんだ、とその時私は思った。喫煙は反社会的な行為だから、ペナルティーで課税を増やすのは当然、というような風潮が読み取れるが、これはいわば国家的いじめに類する。到底許されるものではない。
増税が緊急の要請なら、協力するのにやぶさかではないが、折り目が大切だ。増税の理由として、鳩山さんが、
「人間の体の面から……」
と言い、長妻さんが、
「健康の問題もある」
と言っているのは、どういう意味なのか。素直に聞けば、値上げをすれば喫煙者が減るので、国民の健康維持に望ましい、と考えているように理解される。それが主目的なら、目に見えて減るくらい値上げしなければ実効性がない。昨年も、理由のあいまいな1000円論が広がって結局不発に終わったが、本当に〈健康〉が第一というなら1000円くらいにしなければ意味がない。
だが、鳩山さんらの狙いが税収増であることは明白だ。500円案がでるのは、それくらいなら喫煙者の減少も大したことはなく、結果的に増税できるという読みがあるからだろう。
にもかかわらず、いかにも体の健康を第一に考えて値上げするかのようなポーズをとるのは、まぎらわしいというより、一種の欺瞞ではないか。
健康と増税の二兎を追うような言い方は、政治のけじめとして納得できない。政治にはウソがつきものだが、それはウソも方便のケースがありうるということであって、基本は正直でなければならない。鳩山さんは正直に、私たち喫煙者に対して、 「新たな増税をお願いしたい」
と頭を下げるべきである。並の増税ではないのだ。500円案が通るとすれば、一気に七割の値上げだから、これはまぎれもない重税である。
ほかの物価にくらべると、ケタ違いの値上げ幅がたばこにだけまかり通るわけで、説明がつくはずがない。欧米との対比はまったく説得力がない。国内たばこ販売シェアが六割以上ある日本たばこ産業(JT)が、
「ペナルティー的な課税は喫煙者の納得を得られない」
と値上げに反対しているのに、政府が推進しようとするのは自由な市場経済のルールにももとる。
〈コンクリートから人へ〉
が鳩山新政権のメーン・スローガンだ。人間を大切にする政治をぜひ実現してもらいたい。
だが、その人間とは何か、をもっと厳密に深く考えないと、スローガン倒れになる。喫煙者も人間である。たばこを喫う人間は価値が低いという認識なら、本当の人間尊重とは言えない。増税ニュースのなかには、
〈たばこ増税は反対論が少ない貴重な税収源として扱われてきた〉
という記述もみられたが、喫煙者は反対を控え我慢してきただけだ。弱者だと思ってバカにしてはいけない。
- タバコ増税はナチスと同じ禁煙ファシズムだ!
すぎやまこういち - 税収不足補てん短絡的
黒鉄ヒロシ - 「不良」長寿のすすめ
奥村 康 - ま、今日も笑って一服…
筒井康隆 - 増税では税収増えず
森永卓郎 - 増税は「格差社会」を助長
ジェームス三木 - 煙草は死んでも指先から離すな
西部 邁 - たばこ「増税」するなら筋を通せ
岩見 隆夫 - たばこ「悪者論」の先に見えるモノ
養老孟司 - 変な国・日本の禁煙原理主義
養老孟司 - 異様な肺ガンの急増ぶり
秦 郁彦 - 枝葉末節な禁煙の理由
上坂冬子 - 庶民の文化どう残す
阿刀田 高 - 小さな趣味・灰皿蒐集
諏訪 澄 - 集団が生き残るための知恵
井尻千男 - 理想に囚われすぎると……
さかもと未明 - 喫煙者との共存こそ
渡辺 慎介 - 大人の身だしなみについて
伊集院 静 - 煙草から始まる映画もあった
高橋 洋子 - 健康に悪いとは?
大朏 博善 - キセルの芸談
渡辺 保 - 喫煙所
金田一秀穂 - 僕は煙草を吸う
倉本 聰 - たばこの美女
畑 正憲 - いぜんとして天晴れ
山折哲雄 - 煙管の雨がやむとき
柳家喬太郎 - タバコの害について
山本夏彦 - 紫煙をくゆらす肖像
諏訪 澄 - 少なすぎるサンプル
徳岡孝夫 - 色里の夢は煙か
杉浦日向子 - 「過激派」の辯 小谷野敦
小谷野敦 - 吸っている人間は犯罪者か
北方謙三 - たばこは私の6本目の指
淡路恵子 - 禁煙運動という危うい社会実験
養老孟司 - CONFORT コンフォール 2015年 No.13
喫煙文化研究会 - CONFORT コンフォール 2015年 No.14
喫煙文化研究会